能面を生き返らせる

能面を生き返らせる 粟谷能夫


第八十四回・粟谷菊生三回忌追善粟谷能の会において、粟谷明生が『絵馬』「女体」の演能で、豊橋市魚町能楽保存会の所蔵する能面を拝借いたしました。

前シテには出目友閑作の「小尉」、後シテには井関河内作の「小面」、天鈿女命(あめのうずめのみこと)には出目是閑作の「増女」、手力雄命(たぢからおのみこと)には「大天神」(作者不詳)を使いました。いずれも保存状態もよく、質の高い名品で、舞台を引き立てていただきました。

魚町能楽保存会所蔵の面・装束は三河吉田藩(現在の愛知県豊橋市)の藩主、大河内松平家に伝わったもので、明治維新後も城下の町人の手で大切に保存されてきました。空襲など幾多の困難を乗り越え、このように平成の現在まで伝わってきたことは、奇跡に近いものと思います。保存会の皆様の今日までのご苦労に感謝申し上げます。

能面は舞台で役者が使うことで演者の思いを受け血が通い、精気を宿して能面として完結するのです。
能面を美術品とみる趣がありますが、舞台に上がらない面はどんどん衰えていくような気がします。
高知の山内神社で薪能『熊坂』を勤めたときに、山内家伝来の面「長霊べし(漢字で)見」を使わせていただいたことがありますが、彩色の剥落があり、恐る恐る掛けた記憶があります。その折、神社所蔵の旧山内家の面を見せていただきましたが、保存状態が悪い面が多く、まことに残念な思いがありました、良い面も何面かありましたが、今はどうなっているのでしょう。

また、山口薪能を主催していただいている山口市の野田神社所蔵の能面もすべて見せていただきました。質の高い面が多数ありましたが、時間の経過と共に状態が悪くなるのではないかと心配しております。
江戸時代は能を愛好する大名が多く、各地で面や装束の名品が作られました。それを今も大切に保管しているところは多いと思いますが、演能に使われるでもなく、死蔵に等しい状態になっているのではないかと危惧しています。そのまま朽ちていくのでは余りにもあわれであり、日本の文化遺産の損失となりましょう。

ぜひ各地に埋もれている面を舞台の上で見たいと思います。傷みがあればその機会に修理できます。すぐれた面に息を吹き返してもらいたいと切に願います。演者にとってもよい面との出会いが刺激的な舞台を創り出すきっかけにもなるでしょう。多くの方の力を結集して、面の掘り起こし、再生運動を、ぜひやっていきたいものです。

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