生命の輝きと息吹

生命の輝きと息吹

粟谷能夫

萌え出ずる新緑の山々を見ていると、生命の輝きや息吹といったものを感ずるとともに、ほっとするような安心感にとらわれます。これは我々日本人の持っている共通の感覚といっていいでしょう。もしかしたら農耕民族として主に草食であったことの記憶であるのかもしれません。
 昨年の十月に菊生叔父を失いました。当初は突然のことで色々対応に追われて時を過しておりました。今年になり大きな喪失感に見舞われています。
 父新太郎の亡くなったときは、長期療養でもあり自然と覚悟ができておりました。とても悲しくはありましたが、又一面では、今こそ私の時代が来たような、ようしがんばるぞというような気持ちになったことを覚えています。今回の菊生叔父の死はあまりにも突然のことで驚くばかりでした。昨年十月三日(火)にNHKにて番囃子「頼政」の録音をし、おれが死んだときの追悼番組に使うために録音するんだろう、などと冗談を云っていた菊生叔父の姿が頭に残っていて、離れません。二日後に倒れるなどと信じられない・・・、それほど元気でした。
粟谷能の会にとりましても、父新太郎と菊生叔父の功績は多大なものがありました。祖父益二郎が亡くなりました後、二人で、益二郎追善として粟谷兄弟能を立ち上げ、それが粟谷能の会となって、今日に至っております。
 粟谷能の会の牽引者であった二人を失い戸惑いは隠せませんが、新太郎、菊生がやってきたように、これからは、能夫と明生で責任を持ってやっていけということだと自覚して、本年を迎えた次第です。そして今、命の輝きや息吹に後押しされ、励まされているようです。
 能は人間の心にうったえかける芸能だと感じています。人の生き死に、愛と別れ、執心と救い、人間のあらゆる情念に深く分け入り、それを詩情豊かに美しく、ときには激しく、描き出してきました。長く伝わる型のなかには、それらのさまざまな人間の感情や運命が宿っています。演者は型の動きを真似るだけでなく、型にこめられた、曲の本質を自らの肉体を通して発露するという作業をしなくてはならない、そうでなければ観客の心を動かすことはできないと思います。人間の心に強く訴えかけ体感の残るような舞台をめざさなければと初心を新たにしています。
 十月の粟谷能の会は粟谷菊生一周忌追善として、明生は『三輪』(神遊)、私は『石橋』とそれぞれ大曲に臨ませていただきます。父や叔父の志を受け継ぎ、全力で取り組みたいと思っております。
 今後ともよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

写真 定家 シテ 粟谷能夫 粟谷能の会 撮影 石田 裕

コメントは停止中です。