『石橋』を勤めて
弟子の子獅子の披キに立ち会う
第107回・粟谷能の会(2025年3月2日 於:国立能楽堂)では、『景清』に続き、『石橋』連獅子を、私の弟子の佐藤陽に子獅子を披かせることとして企画しました。
『石橋』は前場を省略して、ワキの寂昭法師(俗名・大江定基)の名乗りの後、すぐに獅子が登場して舞い遊ぶ、後場のみの半能形式が主流です。今回は前場もある本能で催し、特別にご許可をいただき、前シテを私が勤め、後シテの親獅子を長島茂氏にお願いして、前後のシテを別人で勤めました。
『石橋』連獅子について簡単にご紹介します。
寂昭法師(ワキ)が清涼山の石橋を渡ろうとすると、童子(前シテ)が現れ、石橋をたやすく渡ろうと思うな、神仏の加護がなければ渡れないと制止します。そして、橋の向こうは文殊菩薩が住む浄土、妙なる音楽と美しい花が舞い降りてきて、やがて奇瑞が現れるから待つようにと告げると姿を消します。(中入)
続いて、仙人(アイ)が現れ、獅子の舞楽が始まる予告をすると、文殊菩薩の使者である獅子が親子(後シテ・ツレ)で現れ、石橋の上を飛び跳ね、咲き乱れる牡丹の花に戯れ、勇壮な舞を見せ、泰平の御代を愛でて獅子の座に帰ります。
粟谷能の会での本能は、平成13年に従兄の能夫が前シテを尉にて後場の親獅子を、子獅子の私とで勤めていますので、今回が2回目となります。
前場は動きのない居グセの謡が重い習いで、石橋のすさまじい景色を謡い上げます。
石橋の幅は一尺(30センチ)もなく、長さは三丈(9メートル)、谷をのぞめば千丈(3キロメートル)もあり、苔むしてつるつる滑る危険極まりない橋であることを勢いある強い謡い声で紹介します。そして徐々に奇瑞への期待感が高まり、獅子登場のお膳立てができるのです。
前シテは、喜多流では通常、老人の樵ですが、替えとして童子にする演出もあります。今回は初番が『景清』で老人のため、重なるのを避けて、童子で勤めることとしました。また童子の扮装を水衣に側次(そばつぎ・ベストのようなもの)を羽織り、より唐(中国)らしい演出にしました。
そして『石橋』の見どころは、やはり後場の勇壮で豪華、躍動美あふれる獅子舞です。
単に暴れる荒さを消し、端正な姿勢と俊敏な動きで、獅子を演じるのが演者の心得です。
獅子舞は両手を広げ、面(おもて)を左右に振り、上体を反らしすぐに屈んでお辞儀のような恰好をします。この獅子舞独特の動きは、獅子が顔を左右に激しく振るので、「嫌、いや!」と、何かを拒絶しているように見えますが、これは牡丹の香りを嗅いで楽しんでいる様子を表現しています。親獅子はゆったりどっしりと、子獅子は機敏に軽やかに舞い遊ぶイメージで勤めます。
今回、子獅子を披いた佐藤陽は能楽師の家の子ではなく、東北大学学友会能楽部喜多会にて能を学び、能楽師の道を志し、長年私の元で修業し職分となりました。『道成寺』を披いてから時間も経ったことから、『石橋』子獅子を披くことを勧め今回の番組となりました。
『石橋』は特別重い習いとして大事に扱われ、『道成寺』を披いた後でしか勤められない風潮がありますが、これには違和感があります。
喜多流が大事に扱うのは、赤頭を巻き毛にてして一人で勤める「一人獅子」が大事であって、ツレとしての子獅子は別物と考えるべきです。若く体のキレがあるうちに、早めに獅子を経験させることがご覧になる方への正しい在り方だと思います。昔に比べて披キが遅くなっている昨今、江戸期や明治大正の伝承をそのまま鵜呑み状態にしておくのは、次世代にはハードルが高すぎるように思います。
年齢45歳の佐藤陽に子獅子の初演は正直肉体的にもかなり厳しいものがありました。
獅子舞は狭い視界、重い頭と動きにくい装束、そして何よりも正面先に置かれた一畳台に飛び上がり、旋回するのは見た目より運動量が多く体力が必要です。最初は歯が立たない状況でしたが、当日はどうにか粗相無く勤め、安堵しています。
今後はもう少し早く披けるような喜多流の思考と体制の改善が必要だと、以前から考えておりましたが、いよいよ本腰を入れて取り組むべきと思いました。
楽屋裏話を一つ。舞台に最初、牡丹を飾った華やかな2台の一畳台が置かれますが、伝書には2台の間、一尺ほど離して置く、と記載されています。私自身、披キ(父が親獅子)の時も、また友枝昭世師や粟谷能夫との共演でも、一畳台を離したことはありませんでした。高林白牛口二氏に伺うと、間を開け危険が増すことで、より演者への高いハードルを課し緊張感を高めるため、と教えてくださいました。今回は、未熟な弟子の披キでもあり、離すことはしませんでした。そもそも石橋自体左右に離れていることはないわけで、離す設定をご覧になる方はどう思われるのでしょうか。この伝書の記載も観る側よりも演者中心の思考ではないかと、気持ち悪さを覚えます。
今回の粟谷能の会は満席となり大変喜んでおります。
佐藤陽の披キのため、東北大のOB・OGの皆様が多く来て下さり、佐藤陽への応援に感謝しています。また、『景清』『石橋』連獅子の番組編成が良かったことも集客につながったように思います。
来年は秘曲『伯母捨』を私、粟谷明生が披きます。
老女が月の美しさを讃え、月の光の下で昔を偲んで、静かに舞います。
今回の番組とは異なり、とてもゆっくりと時間が流れますが、これが正に能の神髄と言われる最高位です。
心躍る能を、これからも企画し、来年の「第108回粟谷能の会」へのご来場をお待ち申し上げております。
写真撮影 新宮夕海
能面獅子二点 撮影 粟谷明生
笛 一噌隆之 小鼓 観世新九郎 大鼓 亀井洋佑 太鼓 金春惣右衛門
(2025年3月 記)