鎮魂と祈りの芸能

鎮魂と祈りの芸能

粟谷能夫
 

平成二十三年三月に起こった東日本大震災では多くの方が被災され、自然現象のとてつもない大きさを思い知らされました。東京に住む私にとりましても、余震の恐怖や、現場の凄さまじさを見るにつけて心身の強い緊張が中々取れず、心に余裕を取り戻すのに時間を要しました。

しかしながら、避難所で人々が協力し助け合い、手を取り合っている姿には励まされました。これは皆が同じ価値観の上に立っているもので、仏教や儒教の教えが心を一つにしているのだと思います。大昔から自然に畏敬の念を払い、共生してきた人々の無常観なのかもしれません。やはり、このような非常時に支えとなるのが心のありようで、日ごろからの文化教育の大切さを痛感いたしました。

能には天下泰平、五穀豊穣、子孫繁栄から始まり、人間の普遍的な情感を主題とし、仏教や儒教などの教えを取り入れた人間の心のドラマが多数有ります。鎮魂、祈り、復活の思いを込めた芸能であり、だからこそ、今、能の出番だと思います。

そして能は時代を取り入れ時代に対応しながら今日を迎えています。能の庇護者の好みの変化や戦乱など、困難を背景にして、むしろレパートリーを増やしてきました。困難な時代こそ文化や芸能は人々を救い、鼓舞してきたといえます。

戦後でいうならば、西洋化の著しい中、人々に日本文化の素晴らしさを示し、世界に誇れるものである事を知らしめるため、三島由紀夫は「近代能楽集」を発表しました。敗戦で打ちひしがれた日本人の魂を取り戻すかのように発表したものでしょう。

編集者の言葉によれば、「若い時より能に親しんでいた著者は、能楽の自由な空間と時間の処理方法に着目、・・・・・・古典文学の持つ永遠のテーマを近代能という形で作品化した大胆な試みは、ギリシャ古典劇にも通じるその普遍性を世界に発信した」のです。

日本には日本人の心情に根ざした芸能が数多く有り、人々の心を慰め、励ましてきました。困難な時代であればあるほど、鎮魂と祈りの芸能が必要です。私たちも芸能の持っている力を信じ、日々活動して参りたいと思います。

そして、舞台芸術は基本的には人と人との繋がりによって成り立っています。それは演者と観客ということでもあり、演者対演者ということでもあります。また、自然と人、神と人間との繋がりの中にも存在意義があります。避難所での人の繋がりや絆を見るにつけ、この基本に立ち返らなければと再確認したのです。

『鸚鵡小町』 シテ 粟谷能夫(平成23 年3月6日 粟谷能の会) 撮影:吉越 研

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