まづ此度は

まづ此度は

粟谷菊生

粟谷菊生「鉄輪」来年、二〇〇二年の十二月に喜多自主公演で、『猩々』の能を舞うことに決まりました。まわりから「未だ元気に舞っているじやないの」と云はれ、「十二月の出演者が欠員してしまいましたから『猩々』をお舞いになりませんか?」と云はれて、つい、その気になってしまったのです。僕にとって初めての能は、父益二郎の主宰していた喜扇会で舞った『猩々』でした。それで自主公演での最後を『猩々』で舞い納めるのもよかろうと、お受けしてしまいました。しかし最近、脚力の衰えをとみに自覚している菊生ゆゑ「御酒と聞く」…と竹の葉の酒を汲まぬ内から、ほろ酔い機嫌の猩々となっているやも知れず。今年四月の自主公演で『鉄輪』の能を勤めて、これが自主公演に於ける最後の演能と宣言してしまったにも拘わらず、何事ぞと訝られる方もおありでしょうが、そこは『鉄輪』の最後のことばを思い出して下さい。足弱車の廻り逢ふべき。時節を待つべしや。まづ此度は歸るべしと。というわけで「時節を待つ・・・」のは来年十二月。一年以上先の傘寿の『猩々』を目ざして今は頑張るしかありません。

写真 粟谷菊生「鉄輪」撮影 東條 睦

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