平成17年1月2日、3日は曽我兄弟と鎌倉武将の土肥実平や梶原景時などのゆかりの地を写真探訪してきました。富士の山には雲一つなく、すばらしい姿を見せ、私たちを迎えてくれているようで気持ちよい旅となりました。
初日は御殿場線の下曽我駅にて下車し、曽我兄弟が信仰していた力不動尊のある瑞雲寺、兄弟の墓のある城前寺へと徒歩にてまわり、一度国府津駅に戻り東海道線に乗り換え、湯河原駅にて、駅前ロータリーにある土肥実平館址、実平の像を記念撮影し、駅裏にある土肥実平、遠平親子の眠る城願寺を訪れました。
次に小田原駅まで戻り、小田急線にて箱根湯本駅近くの曽我堂を尋ね、最後は箱根湯本の湯を満喫して横浜に宿をとりました。二日目は横浜能楽堂近くにある御所五郎丸の墓を捜し、梶原景時ゆかりの地、鮫洲の海晏寺、西馬込万福寺をお参りし、写真は記載していませんが東京の大倉集古館、泉屋博古館分館にて大倉、住友の能コレクション(平成17 1/2~3/13公開)を楽しんできました。





男性には大きな力、たくましさを、子宝に恵まれたい女性はよい子を授けられます。男性は強く握って下さい、女性は跨いで下さいとあります。











能『七騎落』では「まず一番に田代殿、さて二番には新開の次郎、又三番には土屋三郎、四番は土佐坊、五番には実平候、六番には遠平、舳板には義實あり」と謡われますが、堂内には土佐坊の代わりに足達籐九郎盛長がありました。



石は見たところどこを刺したかはっきり判らないものでした。


御所五郎丸は曽我兄弟を祐経の館に導き見事仇討ちの本望を遂げさせ後、五郎を捕らえたとあります。能では女装してシテ五郎が油断したところを取り押さえると代わっています。

梶原景時の供養塔を捜し、お寺の方にお聞きしたら「そんなもん知らんでーー」が返事でした。



