奈良の旅

平成15年2月1日は全日空のキャンペーン、一万円一日乗り放題がありました。どこに行っても一万円! これを見逃す手はないと思い、奈良に日帰りの旅に出かけました。
相変わらず、能に関連した謡蹟めぐりという、特殊な旅行でしたが、写真にてご紹介いたします。

まず、今年10月の粟谷能の会に演能する『采女』、また『春日龍神』にも謡われる猿沢の池を皮切りに、興福寺の五重塔、東金堂や宝物館を訪ねました。

今回の目的はこの宝物館、私のお目当ては阿修羅像でしたが、拝観していてびっくり仰天、『海人』に謡われる、銅造華原磬(どうぞうかげんけい)と石造泗濱浮磬(せきぞうしひんふけい)が目に飛び込んできました。謡本にも「二つの宝は京着し」と興福寺にあることは謡われていますが、実際に本物を目の前にすると、その素晴らしさに興奮しました。もちろん、ほかにも興味は尽きない名品が沢山ありましたが、この二つの宝が見られたことは何よりで、はるばる奈良に来た甲斐があったと満足しました。
喜多流の謡では、「しひんふけい」を、「しびんせき」と何か下腹部が痛くなるような名前ですが、実際は「しひんふけい」が正式のようです。宝物館の中は撮影禁止のため、この宝をご覧頂くことは出来ず残念です。是非本物をご覧になることをお勧めします。いずれまた演じる『海人』のイメージが膨らみ、良い思い出となりました。
また『三輪』の玄賓僧都の像もあり、充実した拝観でした。

宝物館をあとに、『氷室』『野守』にゆかりの氷室神社、『野守』『春日龍神』に謡われる飛火野、そして金春流が参道で翁を奉納する春日大社、謡曲に直接関連はありませんが、東大寺二月堂、途中で偶然にも三条小鍛冶宗近ゆかりのお店にも立ち寄り、最後は場所が解らず苦労した『百万』ゆかりの西照寺を探し当て、供養塔にお参りしてこの旅行を終わらせました。

采女神社
猿沢の池のそばにある見逃すほどの小さな社ですが、
中秋の名月の夜には采女の春姫を追悼する采女祭が催されます。
采女神社 2
采女神社 3
猿沢の池
徒歩で五分もあれば一周出来る小さな池です。
『春日龍神』では「龍神は猿沢の池の青波蹴立てて」と謡われます。
猿沢の池 2
五重塔
長い歴史を感じる塔。
氷室神社
『氷室』に「まずは仁徳天皇の御宇に、
大和国闘鶏(つげ)の氷室より、供え初めにし氷の物なり…
末代長久の氷の供御の為、丹波の国桑田の郡に氷室を定め申すなり」と、
謡われていて、この氷室明神は闘鶏の氷室明神を勧請した社です。
氷室神社 2
氷室神社 3
鷹の井
『野守』の語りにある、御狩にて見失った鷹を翁が水に映る木にとまった鷹でありかを教えた故事の井です。
「鷹乃井」と刻まれています。
若宮御旅所
春日大社参道の途中にある、御旅所では能も演じられると
巫女さんが説明してくれました。
若宮御旅所 2
飛火野
飛火野は春日野の別称で、
枯草、雑木を積み上げ烽火を上げて外敵に備えたことからいうようです。
『野守』の舞台となった飛火野にある、謡蹟保存会の立て札
春日野
平城京防備の烽火の番人を「飛ぶ火の野守」といい、
謡曲にはよく出てきます。
春日野 2
昼食は春日大社の参道にある食事処に入りました。温かいお粥膳は冷えた身体を暖めてくれました。
温かいお粥膳
春日大社本殿
春日大社の創建は『采女』に神護景雲二年と謡われています。
丁度結婚式が行われていました。
能『小鍛冶』の京都、三条小鍛冶宗近の末裔の家が奈良にあるのは発見でした。
表札
この家の名字が小鍛冶には驚きました。

お店内部
ご主人が包丁に銘を打たれていましたが、撮影はしませんでした。
店内には刀、包丁、はさみなどいろいろ。
東大寺二月堂
東大寺二月堂 2
二月堂階段
「御水取り」では、僧侶はこの急階段を駆け登ります。

二月堂階段 2
西照寺
場所が解りにくかった能『百万』の百万の供養塔がある西照寺。
丁度ご主人が出ていらして、説明して下さいました。

西照寺 2
供養塔 立派な大きな供養塔でした。
「たまに能を舞われる方がお参りにいらっしゃいます」とはご主人の弁。
供養塔 2