橋掛りは鏡の間と本舞台をつなぐ長い渡り廊下状の部分です。
橋掛りの上には屋根があり、その中心に柱が通っています。橋掛りを歩むとき、私達はこの中心部に沿って歩むのではなく、右肩が中心部に位置するように、少しずれて歩んでいます。ですから、登場するときは本舞台に向かって若干左寄り(楽屋側)を歩き、揚げ幕方向に退場する場合は若干右側(見所寄り)を歩くことになります。(翁のみ例外で、真ん中を歩みます)
橋掛りの屋根
橋掛りは舞台に向かって上り坂になっています。太鼓座近くの橋掛りに太鼓の撥を置くと、揚げ幕方向に転がります。これが橋掛りの勾配を証明する「撥転がし」と言われる所以です。
山本東次郎氏の杉並能楽堂はこの勾配が他の能楽堂と比べて急なため、面を付けるシテ方にとっては、本舞台に出るまでが少々辛いのです。
次に、出(で=出方のこと)とその直前のお話しをしましょう。
揚げ幕が上がり前へ歩み出すとき、シテだけは右に請け(右に向いて)、影向の松(ようごうのまつ=正面先にあると想定された松。実際にはない)を見て、体勢を元の向きに戻して本舞台へ進みます。この所作は影向の松に敬意を示すための挨拶だと聞いています。
(例外にアシライ出や地謡の謡にて出る曲などは向きません)
橋掛りに立ち、出を待つ瞬間
橋掛りとの境(1)
橋掛りとの境(2) 黒い板の部分が橋掛り
『安宅』や『摂待(せったい)』などの曲では、大勢のシテツレが鏡の間で出番を待ちます。国立能楽堂のように鏡の間が広いと橋掛りの板に添って一列に並ぶことができますが、狭い場合は、見所から後方の者が見えないように列を曲げて並んでいます。
さあ、いよいよ幕の内から舞台へ出る瞬間がやって来ます。後方のシテツレは、前のツレに引かれるように橋掛りの手前まで進みます。そして、橋掛りの板に入ったところで一旦止り、一呼吸置き、気持ちを引き締め体勢を整えます。ここで意識を高めて、橋掛りの手前までの動きとは別の能の運び、歩みへ変えていきます。橋掛りの手前にいる状態のまま、ずるずるとそのまま舞台へ出て行く方を見かけると何となく違和感を覚えます。
残念ながら、いや幸いというべきか、幕の内は見所の皆様にはご覧になりにくい場所なので、その安心感が安易な出を創り出しているのかも知れません。素晴らしい舞台は、出の時に既にシテが曲の世界を創出しているように思えます。つまり、能の世界は橋掛りの手前から創られ始まっているのです。
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