『玉井』を勤めて
「神様の能」の面白さ
平成28年1月10日(日)喜多流自主公演で、能『玉井』を勤めました。
『玉井』は神話の海彦山彦兄弟伝説を題材にした作品です。
まずは簡単にあらすじをご紹介します。
兄から借りた釣り針を魚に取られた弟の山彦・火火出見尊(ホホデミノミコト)は、釣り針を探しに海底の都に行きます。そこで海の支配者・老竜王の娘、豊玉姫と結婚しますが、月日が経つと地上に戻りたくなり、豊玉姫に相談すると、父の竜王は取られた釣り針と海水を自在に操る二つの魔法の珠を尊に授け、大鰐(鮫)に乗せて地上に送り届けるのでした。
配役は、火火出見尊(古事記では火遠理命)はワキが勤め、前場の豊玉姫と玉依姫の姉妹を前シテと前シテツレが勤めます。後場の豊玉姫、玉依姫は後ツレとして、前場とは別人が天女の姿で登場し、後シテの海神・竜王は前シテの豊玉姫を勤めた者が演じます。つまり、ワキ以外は前場と後場をそれぞれ異なる演者が勤めることになります。この登場人物を多彩にした豪華な作風は、いかにも作者・観世小次郎信光らしいところです。
能には「神様の能」と「仏様の能」があり、とりわけ神様の能は奇抜でスケールが大きく、あるときは人が神であったり、逆に神が平気で下界に舞い降りてしまう大胆発想が面白く、作品を引き立てています。
例えば、火火出見尊は、天神七代地神四代の者であると堂々と名のるものの、神力を使える神の子なのか、そうではないのかが、はっきりしません。
尊が、目を細かく編んだ竹かご(目無筐=まなじかたま)に乗ると易々と海底に着いてしまうこと自体も、神の子であるから、?土翁(シオヅツオ:海水の神)のお爺さんが教えたのであって、その特別な力を発揮することが出来る時もあれば、そうでもない時もある、そういう発想がおかしくてたまりません。ご覧になる方も「普通ではない」「あり得ない」という思考をどこかに置き去りにして、ただただ素直なお気持ちでご覧になればよいのではないでしょうか。「神様の能」とは、そんな摩訶不思議な世界観を持っているように思えます。
さて、海底に着いた尊が桂の木陰で佇んでいると、水を汲もうと井戸に近づく女(豊玉姫)が尊を見つけてしまいます。
「あら恥ずかしや我が姿の、見えける事も我ながら、忘るる程の御気色、容(かたち)も殊に雅びやかなり。ただ人ならず見奉る。御名を名のりおはしませ」と、尊のイケメン容姿に完全に一目惚れしてしまい、大胆にも名前を尋ねます。
尊が名を名のり、釣り針を探しに来たことを明かして、「ここはどこ?」と尋ねると、豊玉姫は「釣り針は探してあげますから、さあさあ、龍宮に入りましょう?」と早速招き入れます。
この場面、どうも夜の繁華街での、一見綺麗そうなおねえさんの、あのあやしい勧誘シーンを想像してしまう私ですが、こここそが海洋民族が地上民族を招き入れてもよい、との意思表示であると思い意識して謡いました。
さて、三人が龍宮に入ると、以前は最初に舞台に据えられた作り物の「もちの木」と「井戸」は中入まで置いたままでしたが、場面が変わるのであれば、作り物は無い方が龍宮内に移動したと想像しやすいのではと思い、序にて引き下げる演出に替えてみました。能は古い形式も大事にしたいですが、ただ今は今なりの時代にあった演出と工夫を心がけたいと思っています。
竜宮で、尊は父母にも歓迎され晴れて豊玉姫と結ばれます。クセの謡に
「天より降る御神の外祖となりて豊姫も、ただならぬ姿、有明の・・・」とあり、「ただならぬ姿」はもちろんご懐妊を意味します。
詞章は登場人物の役柄や立場により丁寧に尊敬語を使うかどうか区別されていますが、豊玉姫も見惚れた当初は「いかに申し上げ候」と丁寧な言葉遣いだったものが、母となると「御心安く思し召せ!」と豹変します。この途端に強い口調に様変わりするところなど、現在にも通じていて、能は少し深読みするとちっとも古くさいものではないことを証してくれます。「女は弱し、されど母は強し」は昔のこと、今は「女は強し、されど母はもっと強し」です。
やがて、尊は豊玉姫の父、海の支配者・老竜王から釣り針と海水を自在に操る潮満汐干(しおみつしおひる)の二つの魔法の珠を授かり地上に戻ります。
能『玉井』でお伝えする「海彦山彦伝説」はここまでで、後場は天女(豊玉姫と玉依姫)の舞と竜王の舞事があり、尊を送り出し、竜王らも竜宮に帰って終わります。しかし私は、この伝説のその後の展開が気になりました。
能では、兄が怒ったときは二つの魔法の珠が役立つと、クセの中で謡われますが、その後の展開、竜王が「この釣り針は、おぼ針、すす針、貧針、うる針」と唱えながら後ろ手に渡し返すこと、兄が高いところに田を作ったらあなたは低いところに作り、兄が場所の交換を求めたら従い、もし兄があなたを恨んで攻めてきたら潮満玉(しおみつたま)で溺れさせ、助けを求めたら汐干玉(しおひるたま)で救いなさい、といった細かな内容は謡われません。
実際、古事記では、兄は田の交換を求め、遂に弟を襲いますが、魔法の珠の威力で兄は負け弟に従うこととなります。その際、兄方は顔に丹(に)を塗り俳優(わざおぎ)となって、その溺れたときの様子を演じ伝える役目を担い、敗者が勝者に芸能をもって仕えること、それが芸能者のはじまりと、日本書紀には書かれています。
能が負を背負った者を取り上げ、猿楽師が敗者の俳優(わざおぎ)を演じる。そんな仕組みが、このような太古伝説に息づいていて、そこに遡ることが出来たことは『玉井』を勤めるお陰と感謝し、大きな収穫、と正直喜んでいます。
『玉井』の後日談の最後、兄弟喧嘩のあとの話はまだまだ興味深く続きます。
尊の子を身ごもった豊玉姫は地上の尊を訪ね出産することを告げます。
海岸に産屋を建て始めますが、急に産気づき「今から出産しますが、私を見ないで」と言い産屋に入っていきます。神の子も所詮、人。「見ないで!」と言われたら見たくなるもの、中を覗いてしまいます。すると大きな鰐がのたうち回っているので尊はびっくり仰天、その場を逃げ出してしまいます。
尊が約束を破り出産を見たことに恥じらいと怒りで豊玉姫は生んだ子を置いたまま海の国へ帰ってしまいます。心配した海神の老竜王は、妹の玉依姫に子の養育を頼み、地上に送り込み育てさせます。生まれた子の名前は、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(アマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)、とても長い名前に驚いてしまいますが、更に驚きは、この子が玉依姫、つまり叔母と結婚して4人の子をもうけ、そして4人目の子が神倭伊波礼比古命(カムヤマトイワレビコノミコト)、初代天皇・神武天皇となることです。常識を超える世界で、いろいろな男女の間柄を想像してしまいます。
能は演じ手も観手も想像が必須です。いろいろなことを想像することは大事ですが、妙なことまで想像すると、私は舞台で粗相をしそうな気がして、今回はお正月の初番であることを心がけて勤めました。
我が家の伝書に「この能はすべて、ひしけぬ様にかさを取る事専一也」とあります。「ひしけぬ」は「拉げる=押しつぶされて砕ける」の意で「かさ」は「嵩」です。『玉井』は全体的にどっしり、ゆったりと演じるのですが、逆に押さえ過ぎるのはいけない!と警告し、大きさや重みを大事に勤めることを第一に考えなさい、という伝言です。深い教えを知る事が出来たことも、大きな二つ目の収穫でした。
伝言を咀嚼し、守り大事にし、これからも私らしい能、私の個性を生かした演能を心がけたい。お正月の公演の場をいただき、今年も能と共に生きていこうと思いました。
(平成28年1月 記)
写真提供
能『玉井』シテ・粟谷明生 撮影・成田幸雄
能面 「増女」石塚シゲミ打 「悪尉」粟谷家蔵 撮影・粟谷明生
コメントは停止中です。