花あるいのちと散りぎわ

花あるいのちと散りぎわ

粟谷菊生

 

テレビを観ていたら超美味しそうなフランス料理が出てきた。銀座のLOSIERというフランス料理のレストランだ。二、三ヶ月前から予約でいっぱいだそうだが、そこのシェフが引退するという。満員御礼、味も最高の今引退することにしたのは何故?

僕は“三百六十日鮨男”と言われているくらい、“お鮨大好き人間”だが、ホテルに泊まると年甲斐もなく無性にステーキが食べたくなって、ワインならぬ常の如く好きなビールで独りビフテキを食べることがある。が、結婚披露宴で頂くディナーとたまにご招待を受けて頂く時以外は自分から仏蘭西料理を食べにわざわざ出掛けて行くことはない。

その日のテレビでの画面に出てくる静かでエレガントな雰囲気、上品なたたずまいの中でのテーブルに置かれている食器の美しさと見事な料理はさすが! しかし対照的にその陰で活気ある調理場の奮闘と迫力あるシェフの総指揮ぶりがいい。そのシェフが大繁昌の頂点にあって、しかも最高の味を提供できる技の頂点にあって今、引退の決意をした心境とはーー。彼は「今だからこそ引退するのだ」という。総指揮をするということは、やはり大変なことで肉体の衰えに自分自身が僅かにでも気づいた事が、引退のきっかけとなったようである。「自分と同じだと言いたいのでしょう?」と一緒にテレビを見ていた妻に言われたが、常に私の心の内を見抜いてしまうのが女房だ。そのシェフは引退して自分の時間が持てるようになったら世界中を旅行して各地の味を追及したいと夢を語っていたがーー。

花あるうちに退く美学が僕は好きだ。まだまだと言われて最後に無残な姿をさらけ出してしまいたくない。

若いときに読んだ「シラノ・ド・ベルジュラック」の最後の方。シラノが迫りくる死期を感じながら訪ねたロクサーヌ姫から「読んで」と言われて、昔、美男子ながら文才の無い友のために代筆して送り続けた、実はシラノ自身の心の内を込めて書いた恋文の一篇を、文字も読みえぬ暗さとなった夕闇の中で諳んじている如く読み続けている。

それを見てはじめて彼の心を知って驚くロクサーヌに瀕死のシラノが言う科白が「これが私の心飾気」(訳者の坪内逍遥は心意気を心飾気と書いてココロイキと読ませた)。この心飾気と書く文字が僕は大好きだ。

僕は去年、潔く心飾気で演能は引退したものの、さて仕舞はいつまで舞えるかと、うそ寒い怖れにおののきつつ今、散りぎわに向かっている菊爺なのだ。

写真 「柏崎 道行」粟谷菊生 撮影 安彦喜久三

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